韓国の、日本にはない変わった行事についてを紹介します。
韓国の祝祭日は新暦のものと旧暦のものがある。
旧暦の祭日は毎年日付が変動する。
旧暦の祭日は「ソルラル(旧正月)」、釈迦誕生日、「チュソク(日本でいう旧盆のようなもの)」の3つ。
【韓国の公的祝祭日】
1月1日 新正月
旧暦大晦日〜1月2日 ソルラル(※旧正月、2008年は2月6日〜8日、2009年1月25日〜27日)
3月1日 三一節(独立運動記念日)
旧暦4月8日 釈迦誕生日(2008年は5月12日、2009年は5月2日)
5月5日 子供の日
6月6日 顕忠日(忠霊記念日)
8月15日 光復節(独立記念日)
旧暦8月14日〜16日 チュソク(漢字では「秋夕」。
陰暦の8月15日を指し、中秋のこと。
2008年は9月13日〜15日、2009年は10月2日〜4日)
10月3日 開天節(建国記念日)
12月25日 クリスマス
Ch’ungch’ong県南部のPuyo郡Unsanでは、古代、百済王国(クダラ)が7世紀に唐と新羅(シラギ)の侵略軍と戦って
敗れ去って戦没した愛国者の慰霊を慰めるために、3年おきに旧暦の2月の吉日に慰霊祭を行うならわしでした。
今日では政府の助成により毎年行われるようになっているとのことです。
pyolshinjaeというのは古代の原子宗教の名残で、韓国の村々で村をあげての行事になっており、
多年にわたる災害や疫病を治めるものだということです。
Unsanでは、この行事は特別の意味を持っていて、上述の戦いにこの地方から戦いに臨んで亡くなった兵士の霊を
鎮めるためのものとされているということで他の地域よりも込み入っているようです。
その中心は山の霊を象徴するchangsungという柱を村の広場の四宮の方向(占星上の方向です)に新しく建て、
山の霊と守護神に供え物をすることにあります。
UnsanのPyolshinjaeの祭礼は13日間にわたるものです。
まず、旧暦の一月三日に村の会議が召集され、ここで、祭礼を司る司祭と参加者が選ばれます。
十五日に山の霊への供え物の祭礼が行われます。
そして、廿日前には別の祭礼があって、山の霊の宿る新しいchangsungが建てられます。
旧暦の 8月15日がCh’usokで、収穫の月の祭りの日です。
この日は韓国では祖先を讃えるお祭礼をすることから始まります。
お供えはその年の新しい収穫物で作られます。
Songp’yonという三日月形をした米のお団子に胡麻、
栗や豆あんこを詰めたものがCh’usokの日に好んで作られます。
家族は祖先の墓に参り、来たるべき冬に備えてお掃除をします。
村、町でのイベント行事としては、Kanggangsuwollaeという仮面の踊り、古代から伝わるサークルダンス、
綱引き、kobuk−noriという、二人の男が亀の縫いぐるみを纏い、踊りなが村を巡って食べ物や飲み物を所望して
パフォーマンスをするゲ−ムなどがあります。
しかし、何にもましてCh’usokは秋の収穫に感謝し、
家族とコミュニティの結び付きを確かめるための時としての意味があります。
全羅北道のCh’nhyangという女性の美徳と貞節の鑑みをたたえる祭りです。
Namwon(南原市)の祭りのようで、この地方に言い伝えによると、
kisaeng(韓国の人によると、この場合、もっとも身分の高い貴婦人に相当するということです。
)のお嬢さんで、
yangban(富豪とか旧家という意味のようです。
)のエリートであるYi Mong−ryongという若者と恋におちいります。
ところが、このYiという若者が高級公務員試験の受験のためにソウルへ行くと、
新しく任命されてきた役人がCh’unhyangに言い寄り、愛人になれと要求します。
Ch’unhyangがこれを断ると投獄して、拷問します。
しかし、彼女は貞節を守り続け、最後には試験に受かって凱旋するように帰ってきたYi Mong−ryongに救い出されます。
この祭りはCh’unhyangの誕生日にあたる旧暦の4月8日に行われ、のど自慢、民族舞踊、民謡、
ミスCh’unhyangのコンテストが行われます。
毎年、旧暦の三月の初旬(多分、大潮の日です)に、南Cholla県のChindo島の南東部の海岸にあるHoedong村では、
海が裂けるのが目撃されます。
陸地の2点の間に長さ 2,8 km の橋ができて、海の中に道が現れ、
祭りを催す格好の理由になります。
毎年、20万人の人がこのイベントに集い、村の神社の守護神を祭る祭礼を挙げ、さまざまのお清めの儀式やフォークダンス、
フォークソング、民謡などで祝います。
現在、この祭りは3日間にわたって行われます。
燕が南に帰る旧暦の九月の九日は、古来、秋の紅葉のもとで行楽し、
家族のお墓がCh’usokの日に掃除が済んでいなければ、
お掃除するという日でした。
この季節にはまだ菊が咲いています。
この花を摘んでkukhwjonという菊餅や菊酒を作ります。
新鮮な梨や林檎、シトロン(ブシュカンのような柑橘類)、ザクロ、
松の実などをきざんでhwach’aeという特別のフルーツサラダが作られます。
古来の韓国社会では学者たるものは山に旅して自然を愛でて、詩などを吟じるならわしでした。
今では多くの家族がこの時期に好きな秋の食べ物を詰めてピクニックに出かけます。
毎年、最初の満月の日、南Cholla県、(Wando)のChangchwari村では古代の祭礼を中心としたお祭りが行われます。
お祭りされるのはSong ChingというKoryo(高麗)の将軍の霊です。
彼は13世紀のモンゴルの侵略にあたって、飢餓にさらされていた村人を救出しにきたということです。
韓国民は長年にわたって、それこそ先祖代々にわたって受けた恩義を忘れないようです。
Song Chingは、祭られるということは、多分、この地で非業の最後を遂げたのでしょう。
韓国では冬至は12月22日になります。
人々はこの日、濃い小豆ぜんざいに小さな丸い米団子を入れたもので祝います。
また、このぜんざいを家の周りや近くの大きな木の周りに撒きます。
小豆ぜんざいの赤い色が、夜が長い冬には怖い悪霊を追い払うとされているからです。
古来、冬至には新しいカレンダーを作る日で、農業関係の時節に対応する節気が書き込まれる日でした。
このならわしは、現代ではお歳暮にカレンダーを贈るという慣例となって生きています。
祭りは新月の夜に祭りの司祭を選ぶことから始まります。
翌日の朝、村人たちは荒々しい音楽を奏でる楽隊に導かれて海へと向かいます。
そしてSong Chingの霊を賛える祭礼が行われます。
祭礼の参加者と楽隊は神社の周りを三回めぐります。
それから村の井戸へと進み、そこでまた、祭礼が行われます。
その後、楽隊は家々をまわりながら、食べ物や飲み物の饗宴を受けます。
祭りは4、5日続くことがあります。